いま、ここに120円のペットボトルのミネラルウォーターがあります。今日もとても暑く、わたしはこのミネラルウォーターを120円で買えることに心から満足をしておりますし、他の人びともやはり満足して買ったに違いありません(そうでない人はそもそも買わないから)。
◇低所得者にとって120円は高すぎる◇
一方、この水を売っている企業も、やはり、利潤を上げて満足しているに違いません(利潤が上がっていなければ、そもそも企業が存続していないから)。これがわれわれの生きている資本主義経済、もしくは市場経済というものであり、水の需要者(消費者)と供給者(販売企業)がともに、市場によるこの取引によって利益を上げて、効率的に社会が運営されています。ところが、ここで与党の政治家達が、「たかが水に120円もの高い価格をつけるとはケシカラン。低所得者にとって120円は高すぎるではないか。水は生活にとって必需品であるし、低所得者等が安心して購入できるためにも、ペットボトルの水は10円にすべきである」と主張して、ミネラルウォーターの価格を低く固定する「価格統制策」を実施したとしましょう。
しかし、低所得者向けのミネラルウォーターの価格が10円なのに対して、中・高所得者向けの価格が120円では、あまりに差が大きく不公平です。そこで、中・高所得者向けの価格も30円と、大幅に安くしてしまいました。
◇「待機者」と「割当」の発生◇
まず、消費者の行動はどう変わるでしょうか。120円の価格が、大幅に下がりましたから、これまでよりずっと多くの人がペットボトルのミネラルウォーターを求め、お店や自動販売機に殺到することでしょう。しかし、当然、供給業者はすぐには対応できませんから、行列ができてしまうことになります。まさに「水待機者」の発生です。また、あまりに行列が長くなれば、すぐには買えそうにないとして、あきらめて行列には並ばないものの、水を買いたいと思っている人びとも多くいることでしょう。この人たちは「潜在的水待機者」です。
こうした大量の水待機者に直面した政府は、その問題に対処するために、弱者や必要度の高い人びとの基準をつくり、優先的に「割当」を行なうことを考えます。その基準を、「飲料水に欠ける」要件と呼び、「飲料水福祉法」によって規定することにしました。この要件には、「ペットボトルのミネラルウォーターを飲むのは昼間に限られる」等とおかしな条項がありますが、なにせ緊急事態ですから、数をかぎるためには多少強引な条項も仕方がありません。
◇「認可企業」の出現◇
一方、ミネラルウォーターのペットボトルをつくる企業はどうでしょうか。市場競争のもと、これまで苦しい企業努力の末にやっと120円の価格で売り出していた企業ですが、これを10円や30円に下げられてはたまりません。採算がまったく採れませんから、すぐに生産をやめてこの産業から撤退が相次ぐことでしょう。しかし、ミネラルウォーターの生産が止まってしまっては政府が困りますから、政府は公的企業を設立してペットボトルのミネラルウォーターを生産させたり、政府のおめがねにかなう私的企業に補助金を大量投入して生産を委託することにします。前者は「公立認可企業」、後者は「私立認可企業」と呼ばれています。
しかし、こうした企業は、これまで市場経済で競争をしていた民間企業と異なり、明らかに効率性に劣る経営をします。何しろ、大量の待機者がいるわけですから、つくるそばから飛ぶように売れますので、企業努力をする必要がありません。
また、お客よりも、割当を決める役所ばかりをみて活動をしますから、当然、おいしかった水の質も落ちてきます。しかし、それでも10円、30円の安さですから、消費者もありがたく、文句がいえません。
◇高コスト構造の生成◇
公的認可企業の方は、公務員として給与もすでに高いのですが、さらに、公務員とは別の形態の独立王国ですからガバナンスも緩く、お手盛りで職階(係長、課長、部長などのランク)を上げるなど、どんどん給料を高めてゆきます。また、既得権益を守るための組合活動も強固なものとなり、人員数を最低基準より増やして、一人当たりの労働時間を短くし、休日出勤も残業もしない、しかも、福利厚生は手厚いという「ぬるま湯状態」になってゆきます。私的認可企業も、補助金漬けの上、経営努力無視で客はいくらでもくるという状態ですから、だんだんと非効率で高コスト構造に変わってゆきます。
こうしたなか、本来、1本あたり120円で生産されていたペットボトルの水も、直ぐに200円、300円のコストがかかるようになってしまいました。消費者は10円、30円で買っていますから文句をいいませんが、じつは、その裏で1本あたりの販売単価の何十倍もの赤字が発生し、これはすべて税金で穴埋めされています。
しかし、消費者が関心をもっているのは購入価格ですから、じつは、その何倍もの税金を徴収されていることに、なかなか気づきません。
◇はりめぐらされる規制◇
このような高コスト構造がひとたびできあがると、政府も、このような企業をたくさん増やして供給増を行うためには、大量の公費を投入しなければなりません。財政難の折、政府にはそのような公費の余裕はありませんから、口先だけは、「待機者問題を解決する」と勇ましい方針を立てますが、その裏では、さまざまな参入規制をつくって、新たな企業が参入することを拒みます。株式会社は配当を許さない、事業所を拡大するための投資に利潤を使うことは許さない、企業会計以外にミネラルウォーター生産企業用の会計基準を適用するなど、企業行動を無視した規制がつくられます。
また、すでに設立できている公立・私立認可企業も、既得権益を守るために必死の政治活動(ロビイング)です。ときには、安く購入できてありがたがっている消費者も抱きこんで、「自由化・民営化などとんでもない」と署名活動にも余念がありません。
このため待機者問題はますます深刻化してゆき、とうとう、割当がまてない人もでてきます。そのような人びとは、安全性の低い劣悪な業者がつくるミネラルウォーターを買わざるをえない人もでてきます。こうした水を飲んだ消費者のなかには気の毒なことに死亡者もでてしまいました。しかし、こうした劣悪な業者には政府も補助金を投入していませんから、規制の対象ではなく、なかなか文句が言えません。
みるにみかねた先進的な自治体が、地方単独の予算を使って、民間業者にわずかながらも補助金をだし、質を担保した「認証企業」として生産に従事させることをはじめました。しかし、公立・私立認可企業が非常に安い価格で販売を行なって、「ダンピング」を行っているため、なかなかに経営は苦しい状態にあります。
水を所轄する官庁は、マスコミ批判をかわすために、水待機者の統計から、こうした認証企業から水を買った人びとを除くという操作をして非常に助かっています。しかし、業界団体に配慮してのことでしょうか、こうした先進的な自治体には、「地方が勝手にやっていることで、国としてはあずかり知らないことだ」と冷たい態度で無視しています。
◇効率的世界への回帰◇
以上が、低所得者への人気取り政策のために、ペットボトルのミネラルウォーターの価格を規制をしてしまったアジアのある不幸な国の物語です。もともと、市場経済の下で、1円の税金も使わず、ペットボトルの水を買いたい人が買いたいだけ購入でき、企業も利潤をあげていたという効率的世界が、たったひとつ、低所得者に対する価格規制をはじめた途端、負の連鎖でさまざまな問題が生じ、しかも多額の税金を投入せざるを得なくなるという悪夢のような状況に変わってしまったのです。
それでは、この問題を解決するにはどうしたらよいのでしょうか。
それはもうお気づきのことと思いますが、じつに簡単なことで、元の市場価格に戻して、その後につくった法律(割当の要件、参入規制)を廃止することに尽きます。
つまり、市場メカニズムが機能するように、もとに戻して自由競争をさせることこそが最善の道なのです。ペットボトルの水の話ですと、本当にこの処方箋はご納得いただけると思います。
◇「直接補助方式」という解決策◇
いやいや、まだ問題が残っています。そうです。そもそも政治家が価格統制を言い出した低所得者対策をどうするかということです。しかし、その答えも簡単で、もし、低所得者にミネラルウォーターを安く提供することが政策的に本当に必要であるならば、認可企業に公費補助金を投入するのではなく、直接、低所得者に水を購入するための補助金を渡せばよいのです。
低所得者が確実に水を購入することを担保するためには、ミネラルウォーター購入に充てることのできるクーポン券、つまり「水バウチャー」を政府が配ることがよいでしょう。
この方法であると、規制によって市場経済の機能を殺すことなく、低所得者対策ができます。また、低所得者ではない人に補助金を投入する必要はありませんから、これまでよりも公費投入額を格段に節約することができます。
まさに、これこそが、「直接補助方式」と呼ばれるものなのです。
◇「子ども・子育てシステム検討会議」の愚考◇
さて、ここまでの寓話で、賢明な読者はお気づきかと思いますが、これはじつはミネラルウォーターの話ではなく、日本の保育政策の話なのです。ところで、現在、保育改革の議論を進めている民主党政権の「子ども・子育てシステム検討会議」が先日、子育て支援の改革案をまとめました(http://www8.cao.go.jp/shoushi/10motto/08kosodate/index.html)。
経済学的に考えて、待機児童問題を解決し、公費漬け・補助金漬けの高コスト体質の保育産業の問題を解決するために、一番重要な政策は、保育料価格の自由化です。
保育料の自由価格は、諸外国では当然のように行われていることですし、日本でも、幼稚園や無認可保育所(東京都の認証保育所を含む)では、すでに自然に行われていることです。
しかしながら、「子ども・子育てシステム検討会議」の改革案では、保育園の公定価格を維持すべきとしており、さらに、驚くべきことに、幼稚園の料金までも公定価格にして、価格統制を行うべきとしているのです。
わざわざ健全に行われている産業に、補助金を餌にして価格統制を行うとどうなるかは、まさに、上の寓話にみたとおりです。
◇保育問題解決のための一丁目一番地◇
「子ども・子育てシステム検討会議」については、マスコミもほとんど取り上げず、スルーされている状態ですが、「公定価格の維持・拡大」は大変危険な決断であり、いまからでも断固反対すべき政策であると思われます。保育料価格の自由化こそが、保育問題解決のための一丁目一番地の政策であることを民主党は認識すべきでしょう。
保育業界団体が懸念する「価格の高騰?」が心配であれば、東京都の認証保育所のように上限、下限付の自由化にすればよいのです。また、幼稚園や幼保一元化施設(幼稚園と保育園の乗り合い施設)まで、この統制価格を広げるというのは、ほとんど正気の沙汰とは思われません。
— NOTEBOOK »NOTEBOOK» ブログアーカイブ » さようなら - KON’S TONE (via otsune)忘れもしない今年の5月18日。 武蔵野赤十字病院、循環器科の医師から次のような宣告を受けた。 「膵臓ガン末期、骨の随所に転移あり。余命長くて半年」 妻と二人で聞いた。二人の腕だけでは受け止められないほど、唐突で理不尽な運命だった。 普段から心底思ってはいた。 「いつ死んでも仕方ない」 とはいえあまりに突然だった。
確かに兆候はあったと言えるかもしれない。その2~3ヶ月前から背中の各所、脚の付け根などに強い痛みを感じ、右脚には力が入らなくなり、歩行にも大きく困難を生じ、鍼灸師やカイロプラクティックなどに通っていたのだが、改善されることはなく、MRIやPET-CTなどの精密機器で検査した結果、いきなりの余命宣告となった次第である。 気がつけば死がすぐ背後にいたようなもので、私にはどうにも手の打ちようもなかったのだ。
宣告の後、生き延びるための方法を妻と模索してきた。それこそ必死だ。 頼もしい友人や強力この上ない方の支援も得てきた。抗ガン剤は拒否し、世間一般とは少々異なる世界観を信じて生きようとした。「普通」を拒否するあたりが私らしくていいような気がした。どうせいつだって多数派に身の置き所なんかなかったように思う。医療についてだって同じだ。現代医療の主流派の裏にどんなカラクリがあるのかもあれこれ思い知った。 「自分の選んだ世界観で生き延びてやろうじゃないか!」 しかし。気力だけではままならないのは作品制作とご同様。 病状は確実に進行する日々だった。
一方私だって一社会人として世間一般の世界観も、半分くらいは受け入れて生きている。ちゃんと税金だって払ってるんだから。立派には縁遠いが歴とした日本社会のフルメンバーの1人だ。 だから生き延びるための私的世界観の準備とは別に、 「ちゃんと死ぬための用意」 にも手を回してきたつもりだ。全然ちゃんと出来なかったけど。 その一つが、信頼のおける二人の友人に協力してもらい、今 敏の持つ儚いとはいえ著作権などの管理を任せる会社を作ること。 もう一つは、たくさんはないが財産を円滑に家内に譲り渡せるように遺言書を作ることだった。無論遺産争いがこじれるようなことはないが、この世に残る妻の不安を一つでも取り除いてやりたいし、それがちょいと向こうに旅立つ私の安心に繋がるというもの。
手続きにまつわる、私や家内の苦手な事務処理や、下調べなどは素晴らしき友人の手によってスピーディに進めてもらった。 後日、肺炎による危篤状態の中で、朦朧としつつ遺言書に最後のサインをしたときは、とりあえず、これで死ぬのも仕方ないと思ったくらいだった。 「はぁ…やっと死ねる」 なにしろ、その二日前に救急で武蔵野赤十字に運ばれ、一日おいてまた救急で同じ病院へ運ばれた。さすがにここで入院して細かい検査となったわけだ。結果は肺炎の併発、胸水も相当溜まっている。医師にはっきり聞いたところ、答えは大変事務的で、ある意味ありがたかった。 「持って…一日二日……これを越えても今月いっぱいくらいでしょう」 聞きながら「天気予報みたいだな」と思ったが事態は切迫していた。 それが7月7日のこと。なかなか過酷な七夕だったことだよ。
ということで早速腹はきまった。 私は自宅で死にたい。 周囲の人間に対して最後の大迷惑になるかもしれないが、なんとしてでも自宅へ脱出する方法をあたってもらった。 妻の頑張りと、病院のあきらめたかのような態度でありつつも実は実に助かる協力、外部医院の甚大な支援、そして多くの天恵としか思えぬ偶然の数々。 あんなに上手く偶然や必然が隙間なくはまった様が現実にあるとは信じられないくらいだ。「東京ゴッドファーザーズ」じゃあるまいし。
妻が脱出の段取りに走り回る一方、私はと言えば、医師に対して「半日でも一日でも家にいられればまだ出来ることがあるんです!」と訴えた後は、陰気な病室で一人死を待ち受けていた。 寂しくはあったが考えていたのはこんなこと。 「死ぬってのも悪くないかもな」 理由が特にあるわけもなく、そうとでも思わないといられなかったのかもしれないが、気持ちは自分でもびっくりするほど穏やかだった。 ただ、一つだけどうしても気に入らない。 「この場所で死ぬのだけは嫌だなぁ…」 と、見ると壁のカレンダーから何か動き出して部屋に広がり始めるし。 「やれやれ…カレンダーから行列とはな。私の幻覚はちっとも個性的じゃないなぁ」 こんな時だって職業意識が働くものだと微笑ましく感じたが、全くこの時が一番死の世界に近寄っていたのかもしれない。本当に死を間近に感じた。 死の世界とシーツにくるまれながら、多くの人の尽力のおかげで奇跡的に武蔵野赤十字を脱出して、自宅に辿り付いた。 死ぬのもツライよ。 断っておくが、別に武蔵野赤十字への批判や嫌悪はないので、誤解なきよう。 ただ、私は自分の家に帰りたかっただけなのだ。 私が暮らしているあの家へ。
少しばかり驚いたのは、自宅の茶の間に運びこまれるとき、臨死体験でおなじみの「高所から自分が部屋に運ばれる姿を見る」なんていうオマケがついたことだった。 自分と自分を含む風景を、地上数メートルくらいからだろうか、ワイド気味のレンズで真俯瞰で見ていた。部屋中央のベッドの四角がやけに大きく印象的で、シーツにくるまれた自分がその四角に下ろされる。あんまり丁寧な感じじゃなかったが、文句は言うまい。
さて、あとは自宅で死を待つばかりのはずだった。 ところが。 肺炎の山を難なく越えてしまったらしい。 ありゃ? ある意味、こう思った。 「死にそびれたか(笑)」 その後、死のことしか考えられなかった私は一度たしかに死んだように思う。朦朧とした意識の奥の方で「reborn」という言葉が何度か揺れた。 不思議なことに、その翌日再び気力が再起動した。 妻を始め、見舞いに来て気力を分け与えてくれた方々、応援してくれた友人、医師や看護師、ケアマネージャなど携わってくれている人すべてのおかげだと思う。本当に素直に心の底から。
生きる気力が再起動したからには、ぼんやりしているわけにはいかない。 エクストラで与えられたような命だと肝に命じて、大事に使わねばならない。 そこで現世に残した不義理を一つでも減らしたいと思った。 実はガンのことはごくごく身の回りの人間にしか伝えていなかった。両親にも知らせていなかったくらいだ。特に仕事上においては色々なしがらみがあり、言うに言えなかった。 インターネット上でガンの宣言をして、残りの人生を日々報告したい気持ちもあったのだが、今 敏の死が予定されることは、小さいとはいえ諸々影響が懸念されると思えたし、それがゆえに身近な知り合いにも不義理を重ねてしまっていた。まことに申し訳ない。
死ぬ前にせめて一度会って、一言でも挨拶したい人はたくさんいる。 家族や親戚、古くは小中学校からの友人や高校の同級生、大学で知り合った仲間、漫画の世界で出会い多くの刺激を交換した人たち、アニメの世界で机を並べ、一緒に酒を飲み、同じ作品で腕前を刺激しあい、楽しみも苦しみも分け合った多くの仲間たち、監督という立場のおかげで知り会えた数知れないほどたくさんの人びと、日本のみならず世界各地でファンだといってくれる人たちにも出会うことが出来た。ウェブを通じて知り合った友人もいる。
出来れば一目会いたい人はたくさんいるが(会いたくないのもいるけれど)、会えば「この人ともう会えなくなるんだな」という思いばかりが溜まっていきそうで、上手く死を迎えられなくなってしまいそうな気がした。回復されたとはいえ私に残る気力はわずかで、会うにはよほどの覚悟がいる。会いたい人ほど会うのがつらい。皮肉な話だ。 それに、骨への転移への影響で下半身が麻痺してほぼ寝たきりになり、痩せ細った姿を見られたくもなかった。多くの知り合いの中で元気な頃の今 敏を覚えていて欲しいと思った。 病状を知らせなかった親戚、あらゆる友人、すべての知人の皆さん、この場を借りて不義理をお詫びします。でも、今 敏のわがままも理解してやっていただきたい。 だって、「そういうやつ」だったでしょ、今 敏って。 顔を思い出せば、いい思い出と笑顔が思い起こされます。 みんな、本当にいい思い出をたくさんありがとう。 自分の生きた世界を愛している。 そう思えることそのものが幸せだ。
私の人生で出会った少なからぬ人たちは、肯定的否定的どちらであっても、やっぱり今 敏という人間の形成にはどこか必要だっただろうし、全ての出会いに感謝している。その結果が四十代半ばの早い死であったとしても、これはこれとして他ならぬ私の運命と受け止めている。いい思いだって随分させてもらったのだ。 いま死について思うのはこういうこと。 「残念としかいいようがないな」 本当に。
しかし、多くの不義理は仕方ないと諦めるにせよ、私がどうしても気に病んで仕方なかったことがある。 両親とマッドハウス丸山さんだ。 今 敏の本当の親と、アニメ監督の親。 遅くなったとはいえ、洗いざらい本当のことを告げる以外にない。 許しを乞いたいような気持ちだった。
自宅に見舞いに来てくれた丸山さんの顔を見た途端、流れ出る涙と情けない気持ちが止めどなかった。 「すいません、こんな姿になってしまいました…」 丸山さんは何も言わず、顔を振り両手を握ってくれた。 感謝の気持ちでいっぱいになった。 怒涛のように、この人と仕事が出来たことへの感謝なんて言葉ではいえないほどの歓喜が押し寄せた。大袈裟な表現に聞こえるかもしれないが、そうとしか言いようがない。 勝手かもしれないが一挙に赦された思いがした。
一番の心残りは映画「夢みる機械」のことだ。 映画そのものも勿論、参加してくれているスタッフのことも気がかりで仕方ない。だって、下手をすればこれまでに血道をあげて描いて来たカットたちが誰の目にも触れない可能性が十分以上にあるのだ。 何せ今 敏が原作、脚本、キャラクターと世界観設定、絵コンテ、音楽イメージ…ありとあらゆるイメージソースを抱え込んでいるのだ。 もちろん、作画監督、美術監督はじめ、多くのスタッフと共有していることもたくさんあるが、基本的には今 敏でなければ分からない、作れないことばかりの内容だ。そう仕向けたのは私の責任と言われればそれまでだが、私の方から世界観を共有するために少なからぬ努力はして来たつもりだ。だが、こうとなっては不徳のいたすところだけが骨に響いて軋んだ痛みを上げる。 スタッフのみんなにはまことに申し訳ないと思う。 けれど少しは理解もしてやって欲しい。 だって、今 敏って「そういうやつ」で、だからこそ多少なりとも他とはちょっと違うヘンナモノを凝縮したアニメを作り得てきたとも言えるんだから。 かなり傲慢な物言いかもしれないが、ガンに免じて許してやってくれ。
私も漫然と死を待っていたわけでなく、今 敏亡き後も何とか作品が存続するべく、ない頭を捻って来た。しかしそれも浅知恵。 丸山さんに「夢みる機械」の懸念を伝えると、 「大丈夫。なんとでもするから心配ない」 とのこと。 泣けた。 もう号泣。 これまでの映画制作においても予算においても不義理ばかり重ねて来て、でも結局はいつだって丸山さんに何とかしてもらって来た。 今回も同じだ。私も進歩がない。 丸山さんとはたっぷり話をする時間が持てた。おかげで、今 敏の才能や技術がいまの業界においてかなり貴重なものであることを少しだけ実感させてもらった。 才能が惜しい。何とかおいていってもらいたい。 何しろザ・マッドハウス丸山さんが仰るのだから多少の自信を土産に冥途に行けるというものだ。 確かに他人に言われるまでもなく、変な発想や細かい描写の技術がこのまま失われるのは単純に勿体ないと思うが、いた仕方ない。 それらを世間に出す機会を与えてくれた丸山さんには心から感謝している。本当ににありがとうございました。 今 敏はアニメーション監督としても幸せ者でした。
両親に告げるのは本当に切なかった。 本当なら、まだ身体の自由がきくうちに札幌に住む両親にガンの報告に行くつもりだったが、病気の進行は悔しいほど韋駄天で、結局、死に一番近づいた病室から唐突極まりない電話をすることになってしまった。 「オレ、膵臓ガン末期でもうすぐ死ぬから。お父さんとお母さんの子供に生まれて来て本当に良かった。ありがとう」 突然聞かされた方は溜まったものではないだろうが、何せその時はもう死ぬという予感に包まれていたのだ。
それが自宅に帰り、肺炎の危篤を何とか越えて来た頃。 一大決心をして親に会うことにした。 両親だって会いたがっていた。 しかし会えば辛いし、会う気力もなかったのだが、どうしても一目親の顔を見たくなった。直接、この世に産んでもらった感謝を伝えたかった。 私は本当に幸せだった。 ちょっと他の人より生き急いでしまったのは、妻にも両親にも、私が好きな人たちみんなに申し訳ないけれど。 私のわがままにすぐ対応してくれて、翌日には札幌から両親が自宅についた。 寝たきりとなった私を一目見るなり母が言った言葉が忘れられない。 「ごめんねぇ!丈夫に産んでやれなくて!」 何も言えなかった。
両親とは短い間しか過ごさなかったが、それで十分だった。 顔を見れば、それですべてわかるような気がしたし、実際そうだった。
ありがとう、お父さん、お母さん。 二人の間の子供としてこの世に生を受けたことが何よりの幸せでした。 数えきれないほどの思い出と感謝で胸がいっぱいになります。 幸せそのものも大事だけれど、幸せを感じる力を育ててもらったことに感謝してもしきれません。 本当にありがとうございました。
親に先立つのはあまりに親不孝だが、この十数年の間、アニメーション監督として自分の好きに腕を振るい、目標を達成し、評価もそれなりに得た。あまり売れなかったのはちょいと残念だが、分相応だと思っている。 特にこの十数年、他人の何倍かの密度で生きていたように思うし、両親も私の胸のうちを分かってくれていたことだろう。
両親と丸山さんに直接話が出来たことで、肩の荷が下りたように思う。
最後に、誰よりも気がかりで、けれど最後まで頼りになってくれた妻へ。 あの余命宣告以来何度も二人で涙にくれた。お互い、身体的にも精神的にも過酷な毎日だった。言葉にすることなんて出来ないくらい。 でも、そんなしんどくも切ない日々を何とか越えて来られたのは、あの宣告後すぐに言ってくれた力強い言葉のおかげだと私は思っている。 「私、最後までちゃんと伴走するからね」 その言葉の通り、私の心配など追い越すかのように、怒濤のごとく押し寄せるあちらこちらからの要求や請求を交通整理し、亭主の介護を見よう見まねですぐに覚え、テキパキとこなす姿に私は感動を覚えた。 「私の妻はすごいぞ」 今さらながら言うな?って。いやいや、今まで思っていた以上なんだと実感した次第だ。 私が死んだ後も、きっと上手いこと今 敏を送り出してくれると信じている。 思い起こせば、結婚以来「仕事仕事」の毎日で、自宅でゆっくり出来る時間が出来たと思えばガンだった、ではあんまりだ。 けれど、仕事に没頭する人であること、そこに才能があることを間近にいてよく理解してくれていたね。私は幸せだったよ、本当に。 生きることについても死を迎えるにあたっても、どれほど感謝してもしきれない。ありがとう。
気がかりなことはもちろんまだまだあるが、数え上げればキリがない。物事にも終わりが必要だ。 最後に、今どきはなかなか受け入れてもらいにくいであろう、自宅での終末ケアを引き受けてくれた主治医のH先生、そしてその奥様で看護師のKさんに深い感謝の気持ちをお伝えしたい。 自宅という医療には不便きわまりない状況のなか、ガンの疼痛をあれやこれやの方法で粘り強く取り除いていただき、死というゴールまでの間を少しでも快適に過ごせるようご尽力いただき、どれほど助けられたことでしょう。 しかも、ただでさえ面倒くさく図体と態度の大きな患者に、単なる仕事の枠組みをはるかに越え、何より人間的に接していただいたことにどれほど私たち夫婦が支えられ、救われたか分かりません。先生方御夫婦のお人柄にも励まされることも多々ありました。 深く深く感謝いたしております。
そして、いよいよ最後になりますが、5月半ばに余命宣告を受けてすぐの頃から、公私に渡って尋常ではないほどの協力と尽力、精神的な支えにもなってくれた二人の友人。株式会社KON’STONEのメンバーでもある高校時代からの友人Tと、プロデューサーHに心からの感謝を送ります。 本当にありがとう。私の貧相なボキャブラリーから、適切な感謝の言葉を探すのも難しいほど、夫婦揃って世話になった。 2人がいなければ死はもっとつらい形で私や、そばで看取る家内を呑み込んでいたことでしょう。 何から何まで、本当に世話になった。 で。世話になりついでですまんのだが、死んだあとの送り出しまで、家内に協力してやってくれぬか。 そうすりゃ、私も安心してフライトに乗れる。 心から頼む。
さて、ここまで長々とこの文章におつき合いしてくれた皆さん、どうもありがとう。 世界中に存する善きものすべてに感謝したい気持ちと共に、筆をおくことにしよう。
じゃ、お先に。
今 敏
khttpdにせよtuxにせよ,esehttpdとかlighttpdと比べて顕著な性能向上が認められない時点で終わっている気が…— kHTTPD - ひげぽん OSとか作っちゃうかMona-
ひどいひどいとは聞いていたけどさすがにたまげた。日本(医療費増加)と全く逆の極端な話になってるので非常に興味深い。足して2で割れば?
twitter始めたらすっかりブログ書かなくなってしまいましたがどうしても気になるエントリがあったので久しぶりに。 orangevtr いろいろ認識が甘すぎて唖然とする。IP制限してても今時はクローラーキャッシュからソース読めるし( http://d.hatena.ne.jp/komoriya/20090122/1232619395…
すごく的確な分析と市場に対する愛情を感じるいい文章。モバイルは単なるガキを釣るメディアでなくてもっともっと可能性を広げていって欲しいな。
営業利益前期比696.4%増だって!!??どこまで行くんだGREE。/それにしても周りでヘビーユーザー見かけないのが謎。やっぱりお金を生み出す層って全然別のところにいる気がする。
